パラオにいます♪ 夜中に漫画「ペリリュー」を読んでいたら、寝落ちしながらも、最後まで読んでしまいました♪ おかげで寝不足です♪
さて、1月4日に、パラオのペリリュー島に行ってきました♪

パラオ本島のコロール島から、モーターボートで1時間。ペリリュー島が見えてきました。水平線を見ると、エメラルドグリーンの海面で島が浮いているように見えます♪ これもまた絶景です♪ ここで、1944年に、アメリカ軍と日本軍が激しい戦争が起きました。

1941年にハワイの真珠湾を攻撃したあと、アメリカに徐々に東に押し返されて、1944年の9月に、ちょうど日本の真南の、パラオのペリリュー島での戦いがはじまります。人口300人程度の小さな島が戦争の舞台になったのは、ここに日本軍の飛行場があったからだそうです。
日本人は1万500人。アメリカ人は48000人。約5倍の戦力差。しかも、制空権も制海権も握られての戦争スタート。1944年時点の9月には、零戦を操れる優秀な操縦士はほとんど亡くなって、空軍は機能していなかったそうです。
当初は、アメリカは「この島は2,3日もあれば制圧できる」と思っていたところ、日本軍によるゲリラ戦と徹底抗戦で、実に74日かかったそうです。日本軍の生存者はわずか34名。10000人以上が亡くなった計算になります。アメリカ軍も1600名の死者を出したそうです。

ペリリュー島のツアーは、日本人ガイドの平野雅人(ひらのまさひと)さん。彼のツアーの評判がとってもよかったので、ご指名で参加させていただきました♪
元々自衛隊にいて、パラオ在住10年。戦争のこともパラオのことも大変詳しいので、「耳をダンボ」にした状態で、彼の話を聞いていました♪


日本軍のゲリラ戦は、こんな洞窟を拠点にしていました。ペリリューの戦争が終わって82年になりますが、いまだに、戦争遺構の瓶がそのままあるのがすごい。国土開発されている日本では、ありえません。国土開発がなされていないパラオのペリリュー島だからこそ、そのままの形で残されています。
この瓶は、お酒の瓶でもあり、この瓶を使って、武器にしていたそうな。火炎瓶。生々しいお話です。

洞窟の岩の色が違うのは、黒いところは、火炎放射器で焼いた跡だそうです。漫画ペリリューの中でも、アメリカ軍が、洞穴にいる日本軍を壊滅させるために、火炎放射器で燃やす場面が何カ所も出てきます。

Peleliu WWII Museumというところに連れてきてもらいました。戦争博物館です。


日本軍兵士が持っていたブリキの水筒、お弁当箱に銃弾の穴が空いているのが生々しい・・・。

機雷や爆弾の数々。アメリカ軍は地上戦にうつる前に、ペリリュー島に、上空から17万発もの爆弾を落としたそうです。

生き残った生存者34名のうちの一人の土田喜代一さん。彼が、ペリリュー島での出来事を伝えてくれたおかげで、漫画ペリリューも誕生したんだとか。

日本軍の施設だったところです。燃料貯蔵庫だったとか。屋上がくぼんでいるのは、アメリカ軍の爆撃で吹っ飛んだ跡です。壁もよく見ると、銃弾がたくさん撃ち込まれています。

800キロ爆弾だそうです。こんな爆弾が落ちてきたら、堅牢な建物でも、ひとたまりもないことがわかります。

日本軍の本部だったところ。今ではジャングルに覆われています。ラピュタの世界のようですね。

日本軍の戦車。アメリカ軍のものと比べて小さくて、作りがチャチなんだとか。鉄不足で、鉄板も薄くて、銃弾でも貫通したんだとか。

敬意を込めてゴミを拾っておきました♪

平成の天皇陛下が、2015年に訪問して有名になった場所です。
ツアーガイドの平野さんと記念写真です♪ 私があちこちでゴミ拾いしているのを見つけて、しきりに
「ゴミまで拾っていただきありがとうございます」と、お礼を言われました♪ とっても礼儀の正しいまじめで素適な人でした♪ 芸能人や政治家の人に、ペリリュー島をご案内している、ペリリューの歴史を伝える話し手の三人のうちの一人だそうです。

美しいペリリュー島の海とジャングル。ここが激しい戦争の舞台だったとは、なかなか実感がわきません。ちなみに、この海には人食い鮫が出るそうです・・・。漫画ペリリューでも、日本軍が海を泳いで渡ろうとして、サメに食べられるシーンが出てきます。また、圧巻なのは、通信網が遮断されてしまったため電報が使えずに、日本軍の兵士が17名、海を泳いで、50キロ離れたパラオ本島に渡ったそうです。うちたどりついたのは4名。ほとんどの人が、泳ぎが得意な沖縄の人だったとか。当時の沖縄は貧しく、仕事がなかったため、軍属として、空港の整備などの作業に従事していたそうです・・・。


日本の零戦。ペリリュー島には、こんな戦争遺構があちこちに、そのまま残っています。

ペリリュー島を現在整備しているのがアメリカ軍。人口300人の村に、100人ほどの軍人が住んでいるそうです。来る台湾有事に備えているんだとか・・・。
ちなみに、ペリリュー島は小学校までしかないため、中学生以上になると若者が、島を出て行きます。若い人は、本島や、ハワイ・グアムなどにそのあと就職するので、ほとんど戻ってこないのだとか。そこで、重要な就職先が米軍。米軍の25%くらいがパラオ人なんだとか。米軍に入れば、高給が約束されるので、パラオ人にとっては、憧れの就職先の一つなんでしょうね。危ない戦場に、真っ先に行かされるのが、パラオ人・・・なんてことがないことを願います。

のんきにゴミ拾いしていますが、ここはオレンジビーチと言って、アメリカ軍が島に最初に上陸してきたところです。海は浅瀬が続くため、戦艦が入って来れなかったそうです。そのため、沖合からボートや水陸両用の戦車で上陸してきたのだとか。日本軍は、ここからアメリカ軍が来るのを読んで、落とし穴を作ったり、大砲を設置したり、軍を配備して、なんと、第一陣を全滅させたそうです。これは、アメリカ軍の黒歴史なので、伝えられることがないそうです。
ただ、第一陣で、日本軍が張っている場所、大砲の位置が特定されてしまったため、アメリカ軍の第二陣以降は、なすすべなく、日本軍は敗れて、撤退していったそうです。

ペットボトルが落ちている砂浜も82年前は血の海で染まっていたのかもしれません。

水陸両用式のアメリカ軍の戦車。大きさと頑丈さが違います。武器では、圧倒的に日本軍が不利だったことがわかります。

岩陰に作られた砲台。なぜ残っているかというと、一度も使われなかったから。一度でも使うと、砲台の場所が特定されるので、爆撃されてなくなります。

日本軍がゲリラ戦をしていたジャングルの中を歩くと、こんなサインがあります。赤は「歩くな」のサインだそうです。いまだに、不発弾や地雷が眠っている可能性があるそうです。ゴミ拾いをするのも怖いですね・・・。ただ、パラオは高温多湿なので、発火装置が早い段階で使い物にならなくなるので、爆発することはないそうです。
ちなみに、いまだに、不発弾除去や戦死者の遺体を発掘している人たちが活動しています。遺骨発掘作業は、年に50体くらい、いまだに見つかるんだそうです。日本軍で言えば、まだ二千数百人の遺体が見つかっていないのだとか。

日本人が待ち伏せしていたり、実際に住んでいたと思われる洞穴。ジャングルのいたるところにあります。巧妙に配置されていて、やって来たアメリカ軍を挟撃できるような構造になっていたそうです。アメリカ軍の死者が1600人もいた理由が現地に来るとわかります。私がアメリカ軍なら、100回くらい死んでいます・・・。

ジャングルからのぞく大砲。

神社やお寺までありました。
このあたりが、ペリリュー島の日本軍が、最終的に74日目に敗北したところになります。1944年11月に敗北して、1947年まで、ペリリューの敗残兵は、日本の援軍が来ることを期待しながら、島内でサバイバルをします。このあたりが、漫画ペリリューに詳しく書かれています。戦争という異常な状況で、兵士たちがどう考え行動していたのかがわかります。漫画を読むと、日本人同士で、何度もいさかい、殺し合ったことがわかります。

ペリリュー島の戦跡ツアー。行くと、気持ちがとっても重たくなります。でも、日本の鹿児島県の知覧と並んで、一度は行って、話を聞きたい場所でもあります。
私が参加したツアーです↓
https://www.veltra.com/jp/beach_resort/palau/a/10702
一緒にツアーに参加していた、高校教師の日本人男性がいました。歴史が大好きで、実際に学生に教えているそうです。ペリリュー島に興味があって、パラオに来たそうですが、
「ペリリュー島の戦争のことは、一日で、もういい」と言っていました。
波動的観点から言うと、社会問題、とくに、そのきわめつけの戦争問題に絡むと、自分自身がとっても重たくなります。
「なぜこれだけ、戦争が悲惨なことがわかっていて、日本の政治家たちは、戦争をする方向へ向かっているのか」と文句も言いたくなります。実際にペリリューの漫画を読んだ読者の中には、
「日本の政治家は全員読むべき」という感想も散見されます。反戦活動をすることも、意義深いかもしれませんが、とにかく重たくなります。上機嫌ではなくて、不機嫌になることが増えます。
私のおすすめは、知った上で、共振しない。戦争があって、たくさんの死者が出て、大変な時代があったことを知りつつ、自分の現実には、戦争問題や社会問題は、いれない。
あくまで自分を上機嫌にするのであれば、反戦活動よりも、戦争の議論から離れることをおすすめします。戦争賛成、戦争反対という土俵に乗ると、争いのマインドになります。戦争とはどういうものかを知った上で、無関心でいると、戦争から離れることができやすくなります。そして、自分をどう上機嫌にするかに集中できます。大変、センシティブな問題ですが、あくまで自分を上機嫌にするという観点から言うと、社会問題や、戦争には、あんまり深く入らないことをおすすめします。ただ、一度は、「こんな世界もあったのか」と知ることは、意義深いことだと思います。パラオに行くなら、一日だけでも、こんなツアーに参加して、戦争の実態を知ると、いいのかもしれませんね♪
No Gomihiroi, No Life♪I love myself♪
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